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2012.10.20 (Sat)

いのちをかけたギリギリの一句

 
 
蓬書を書くようになってから特に、『禅語』というものに
とても心惹かれるようになった よもちぃです。


禅語から学んだことがあったので、お伝えしたいと思います。


●○●○●


『末期の一句』


仙厓和尚(江戸時代の臨済宗古月派の禅僧、画家)の死の床へ弟子たちが集まったとき、

  「最後に何か一言を」

と末期の教えを乞うと、
仙厓和尚は細い声で、

  死にともない」 (死にとうない)

と言われたそうです。


弟子が

  「まだ、そのようなご冗談を」

と言うと、和尚は

  「本気じゃ、本気じゃ

と言って息絶えられたといいます。




この話は、言い伝え話だそうですが、
奔放な生き方をされた仙厓和尚のユーモアセンスあふれるお人柄を
表しているような気がします。



●○●○●



仙厓和尚の書画は、見ていて思わず笑みがこぼれるような作品が
多数あります。

下記URLよりお楽しみください^^

http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/sengai/
『九州大学デジタルアーカイブ』より



その中でも
『(6)いぬの年祝ふた』
の犬が、「犬!?」なところが いいですよね♪


『(21)恵比寿図』
には、あまり見かけない恵比寿様が描かれていて、楽しくなります。


ステキーー!!この絵いいなぁ! と思ったのがこちら
『(17)三聖嘗酸図』


(解説
 釈迦、孔子、老子の三人が酢を嘗めている様子を描いた図である。
 本図のように、仏教・儒教・道教のいわゆる「三教」の開祖が酸を
 嘗めているものは「三酢図」といい、三教一致の思想を示している。
 つまり、教えは違っていても目的は同じということである。
 画賛「仏与儒老 名三聖人 与嘗酸味 和気一春」)



仙厓和尚の逸話の中にも出てきた「末期の一句」。
「末期の一句」とは、人生最後の土壇場が勝負処とされる禅語です。


この禅語は、必ずしも、死に臨んで吐く言葉を示すのではないそうです。

日常的に師が弟子に向かって、

  「いのちをかけた ギリギリの一句を言え」

と迫る、禅匠の常套語(じょうとうご:ある場合にいつもきまって使う言葉)だそうですよ。



「瀕死の重症のなかで、気の効いた最後の一言を口にするようなことは、凡人には
できない相談であろう。
 ある人は周りの人に礼を述べ、ある人はうわごとを言いつつ息絶え、ある人は無言
のうちにこの世を去るであろう。
 「リヴィングウイル」(生前の遺言)のように前もって用意したものでは、末期らしい
パンチが効かないだろう。
 古来禅僧のなかには、いよいよとなって弟子たちが師を床に起き上がらせ、筆を扶
け、紙を差し向け、師が満身の力を絞ってこれに「遺偈(ゆいげ)」をしたためたもの
が多く残っている。よほどの道力がなければできることではあるまい。」


参考文献:『禅語に学ぶ生き方。死に方。』 (著者)西村惠信



そうですよね。
なかなか できないですよね。



ドイツの哲学者カントの末期の一句、ステキなんだよ!

カントの言葉、知っとカントね♪


「カントは貧しい生活の人であった。
 死の床を見舞った門下生が、カント先生にワインを差し出すと、カントはこれを口にし、
「エス・イスト・グウート」と言って息が絶えたという。
「これは善い」というドイツ語が、カント最後の一句になったのである。」



センスいいなーー。マネしたいな。





ゲーテも、すゲーテ!


「ゲーテは病院に寝ていた。
 看護婦が病室に入ってきたときゲーテは、

  「もう少しカーテンを開けてください」

と言った。

 ドイツ語で「メーヤ・リヒト」というのであるが、「もっと光を」という
言い方である。いかにもルネッサンス期詩人らしい最後の一句ではないか。」






もう少しでこの世を去る時に「もっと光を」って。

最後の最後まで 希望を捨ててない意志を含んでそうな
それとも、光の先にある なにかを見てたのかな。

その様子を想うと 胸が熱くなります。




今にも死にそうな状況の中で、見送ってくれる人たちに

 「こんなときに何言ってるのよぉーー、もぉ~♡」

って思わせることができるような一言をいうのって、
なかなかできないことだと思うんですよね。


それまでの毎日の生き方が その一言に とっさに表れるのかもしれないですね。




あなただったら
なにを 言うんだろう。




私だったら どういうだろう。

なんて言おう。
なんて言えるかな?




最期もやっぱり、
みんなを笑わしてたいなーー。



伝説に残る一句が 自然にポロッとでちゃうような
生き方、していたいなーー。




よもちぃ



参考文献:『禅語に学ぶ生き方。死に方。』 (著者)西村惠信

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Comment

ブログ拝見させていただきました。
文章の構成と伝えたい気持ちの行ききが面白かったです。更新するときはいってくれれば喜んで見に行きます
http://blog.with2.net/link.php?1428106←クリックお願いします。面白いことがおきますよ。得します必ず
 |  2012.10.20(Sat) 01:13 |  URL |  【コメント編集】

コメントありがとうございます。

どなたかわからないですが、
「文章の構成と伝えたい気持ちの行ききが面白かったです。」
と言ってくださって、ありがとうございました。

またいつでも ブログへ遊びにいらしてくださね♪
よもちぃ |  2012.10.20(Sat) 01:34 |  URL |  【コメント編集】

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